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観劇日記と役者ごと・お手伝いごとまとめ

餞にもならない走り書き。集団as if〜解散公演「千一夜の物語」@池袋

ちょっと前に、ディズニーならなにがおすすめ?みたいなことを話したんですよ。私が好きなお話は「アラジン」で、映画版のあとに作られた番外編とか、母が借りてきたレンタルビデオを見ていました。とってもコメディー。

だからまあなんというか、アラビアンナイトが好きです。

 

というわけで。

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集団asif~さんの解散公演「千一夜の物語」を観劇してまいりました。

活動10周年とともに、その歴史に終止符を打つアズイフさん。今回の公演は通常エンディングと別にマルチエンディングも用意されてるとのこと。運良く?どちらも観ることができたので、いつもの備忘録をば。書くことに意味がある。

 


【通常エンディング】

いやあー!

四肢切断をマジで見られると思わなくて、件のシーンをはじめて見たときは超高まりました。なんでアレをやったんや…どんな思考回路してるんだ…関わってる人全員頭おかしいなと思いました(褒めています)。

どこからどう書こうかな〜ってなったので、いつものごとく箇条書きで。

  • 前説でカーディガンのボタンを掛け違っている藤丸さん
  • こんのさおりさんがとても好きなんですけど、銀髪って…あの長さで銀髪って…あまりに素敵すぎでは…?役柄も私のツボをひたすらぶっ刺す感じで、最初に登場したシーンを何回も繰り返し見ていたい。あんな感じのキャラやりたいし書きたい。帰りがけにがんばって「カラコンだったんですね」ってお声をかけるのが精一杯だった。コミュ障は不治の病だよ。
  • 相変わらず邑上さんのお芝居が好きだ。なんというか存在感が好きだ。長々とお話してしまって申し訳なさもありつつどんな声帯してるんだと思ってた。不思議な魅力を持つ方だー。
  • ジャスミンがあまりにも憐れだしアミナの純粋さは残虐だし、なんて悲しい姉妹なのかしら。ベクトルの違う美しさ、絶妙に似通っている愛に狂うさま。愛を知らなかったふたりを見事踊らせたシンドバッドはどこまでも役者だなと思う。でもシンドバッドこそ人の愛情みたいなのをあまり理解できていなかったんじゃない?それとも理解できてたからこそ弄べたのだろうか
  • 最後の最後でジャスミンが再びでてきたときは少し気持ちが救われた気がした…主人公であるシンドバッドが一気に転落していく、言葉だけ見ればどう考えても純粋にバッドエンドなんだけど、自分の野心や欲に呑まれてしまったシンドバッドは自業自得だと思ってしまって、その野心を穿つ者の存在がかつて彼が野心のために利用して捨てた女性なんですよ。痛快だなと。そういう意味で、私が見てきた数少ないアズイフ作品の中では、比較的救われた終わり方だなと思いました。いや誰も幸せじゃないけどね。ガンガン人死んでるからね。私が勝手に気持ちよくなってたお話です。
  • オープニングアクトの西出結ちゃんが可愛い。というか始終可愛い。セックスって単語があんなに引き立つ役者さんいるのか。
  • 処刑を免れるべく、ひとりで必死に語るシンドバッドのシーンの気迫たるや。話の大筋は序盤でジャスミンに語ったお話と同じだったけど、微妙に情景の描写が濃かった気がするんだけど、あの話の内容って作り話じゃなくて実際に起こったことなのでは…?そう思わせる話術を持っているのがシンドバッドだって言われたら何も言えないけどぶっちゃけどうです?マルチエンディングでアラジンが思い出してるお話と同じっていうのもなかなかにエモかったです。にしてもあれだけの長台詞を、あの雰囲気あの佇まいで出来るのは本当にすごいなあとビリビリしました。役者さんってやっぱすごいよ、誰よりも人間なのに誰よりもフィクションなんだもんな
  • シンドバッドはアラジンのことが嫌いだって言ってたけど、同じくらいアラジンに焦がれていたのはシンドバッドなのかなと。嫌いっていうのもあながち間違いではないと思うけど、嫉妬の対象としての「嫌い」では。人間のいやな部分をすべて受け入れて凝縮したうえで自分を許したらああなっちゃうのかな?待ってるのはやっぱり破滅だろうけど

全体を通して「人が落ちていくのって残酷だけど、第三者のエンターテインメントとしては一級品だよな」と改めて実感した。ストーリーの読み手たる観客としての私には間違いじゃないのかもしれない。面白かった。多分正しい解釈ではないと思う。

 

【マルチエンディング】

シンドバッドからモルジアナを助け出したアラジンのお話。イフストーリーというよりは、アナザールートって言ったほうがしっくりくる。誰よりもやさしくて残酷なお話。

自分が思う「誰かのため」っていうのは、必ずしも相手が喜ぶものじゃない。心の奥底ではみんな分かっているはずなのに、いざ当事者になると気づけないものだ。

アラジンはモルジアナを生かすことが彼女のためだと思ったのかもしれないけど、私がモルジアナなら一刻も早く死にたい。これまでの生活がまるごと無くなって、いつ襲い来るか分からない四肢の痛みや禁断症状に怯えて暮らすなんて無理だもん。なにより死の恐怖ってマジで怖いし、一体何回死ねばいいんだよって話。

いっそ殺してくれ。

いっそ殺してくれ。

いっそ殺してくれ。

私ならそう願うし、そのほうが幸せなんじゃない?とまで思う。しかも刃の魔女がそこにいるんですよ?そんなんサクッと殺してくれって思うじゃん。私なら死にこそ希望があると思ってしまうよ。

死んでるのに無理やり生かされてる。それはもはや優しさじゃなくて、執着だ。優しさは静かな狂気であり甘い束縛だ。きっと相手は自分のことを思ってくれているのだからそれに準じようと思った瞬間に縛られてしまう。全部がそうじゃない。そうじゃないけど、片方がそれを意識した瞬間に枷に変わってしまう。

アラジンの希望はモルジアナの絶望、って本当にそのとおりだと思う。アラジンの優しさはいつしかモルジアナにとってはただの枷になってしまったのだろうか。愛なんてそんなもんだ、いつだって一方通行なのに、無理やり向かい合わせているだけに過ぎない。なんて。

 

あと、マルチエンディングではアラジンだけでなく、アラジンとモルジアナを見守り続けた刃の魔女がもう一人の主役ではないでしょうか。知ってるって?うんうんそうですよね、例に漏れず大好きです。

魔女の理を自ら外れて、3人めの魔女の役目を砂の魔女もといサンドに継いだところも胸が熱くなりました。そして、いちばん最初のアラジンの語りと同じ語りを最後にもう一度されたとき、「アラジンの思いが刃の魔女に受け継がれたんだな」と。今になってようやく気づきました。アラジンの物語にふれて、どんどん人間味あふれていく刃の魔女様が好きです。

おまけだけど、一緒に観に行った方が「あんなにずっと正座してやってるのによく足痺れないなあ」と言っていて、たしかにそうだな…と思ったのはここだけの話。月岡さん…!

 

こんな感じで。

書き続けたらきりがないので、ひとまずこのあたりで。

 

どちらも好きですが、どちらかと言うと私はマルチエンディングのほうが好きかもしれません。救われたと思いきやそうじゃなかった、みたいなのが私が思い描くアズイフの作品だなあと感じました。

 

最後に、、

今回の公演で引退された重野さん。

今年の夏のリレイヤーではじめてアズイフを観に行って、そのときに少しお話をさせていただいて、そして今回。生の芝居を観たのは今回でたった2度目だけど、幕を引くその前に出会えて良かった。とても真っ直ぐに芝居をする方だなあと思いました。真っ直ぐに心を射抜くような感じ。

私は人と話すのが死ぬほど苦手で、好きなアイドルとか役者さんとかを目の前にするとどうしても話しかけられない。いざ話しても単語しか出てこなくて、いたたまれなくなって逃げたりする。ごくごくまれに、超がんばって話しかけてみることもあるけど、だいたい死にそうになりながら話してる(もちろん楽しい)。

そんな感じの人間なので、目の前で直接お話したのは挨拶程度のものだ。弟さんから貰ったらしいうまい棒をいただいたのを覚えている。話しかけるのが苦手な私などはそんなものだ。とはいえ内心はとても憧れていた。すごいの言葉しか出てこなかった。伝えるほどではないから呑み込んでにこにこしていた。それが精一杯。だから重野さんの人となりは1ミリも知らない。ほんの微粒子レベルも知らないのだ。

だけど、重野さんの芝居が好きだった。舞台に立つ重野さんを観られて本当に良かった。アズイフだってそうだ、ほんの一部分も知らないけど、最期の最後を目撃できて本当に良かった。自分なりに必死に解釈をまとめて言葉にするのは楽しかった。そう思えるようになったのもアズイフのおかげだ。私は勝手に救われていた。

今年一年でお芝居の楽しさとかやりたいこととかが前よりも見えるようになってきたのは、アズイフ作品に出会えたのがきっかけと言って間違いない。私のやりたいことを実現できるかどうかはさて置いて、また前に進んでいこうと思う。

 

来年も楽しみだ!

 

黒田七瀬