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観劇日記と役者ごと・お手伝いごとまとめ

2024/2/3〜2/4 テアトル◯企画『好きで嫌いな珈琲と煙草』

黒田七瀬です。

テアトル◯企画『好きで嫌いな珈琲と煙草』、受付としてお手伝いさせていただきました。ご来場頂きました皆様、まことにありがとうございました。気づけば1ヶ月経ってしまったわよ!年々遅筆になっているなあと気付いてなんだかかなしいです。


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さて

2021年の12月、まるっと3年前にふれいやプロジェクトさんが公演した際も観劇させて頂いてましたが、そのときはまさに流行真っ只中。それをいま改めて観るとまた違うものに思えるというか「ああいう人いたなあ」「慌しかったなあ」みたいな、すでに過去のものになっているんだと実感しました。ハマツさんが演じた風太と山中さんが演じた風太、わりと違う雰囲気だったけどどちらも良いお芝居されてて苦しかったです。ハマツさんがとても熱量と声量のあるお芝居をされるかたなので、自身の状況に対する切実さだったりがひしひし伝わってきたのを覚えています。

 

作品では役者と飲食店オーナーにスポットがあたっていて、当然作品を演じているのも役者で、ひどくリアル。どこまでも現実。でも何かやりたいことをやっている人だけでなく、今生きている誰に対しても確実に影響があって、価値観から生活習慣まで全部が塗り替えられて、多分その前の生活にはまだまだ戻らないしなんなら戻らないものもあるだろうし、もう2度と出会えないものごともあって、影響が大きいという言葉だけでは表現しきれない。それは私でさえも感じるから、もっと大きな母体で見ればなおのことそうなんだろうと思います。

私は受付周りのお手伝いをさせていただくことが多いので、公演と公演の合間にアルコールで座席の拭き上げをしたり会場にシュッシュして回ったりしたなあ。と思い出しながら観ていました。やってるときは当然だと思っていたからなにも思わないけど、そういえば時間かかったなあ大変だったなあとちょびっと思い出しました。だんだんお迎えできるかたの数が増えていくのを如実に見られるのが受付なので、そういう意味でも時間の流れを感じました。以前は複数人で検温含めて対応していた受付も、今回はほとんどひとりだったのも、当たり前だったものごとのひとつでした。いろんなかたのご協力とご理解、思いがあって成り立っていたものです。

もちろん、わざわざ人混みに行かなくても作品を見ることはできる!というのは真理だけど、生だからこそ見えるものや感じられることがあるのも事実。学びだって食事だって仕事だって全部そう。

 

夢を見続けるのと諦めるの、どっちが苦しいんだろう。どちらに至ったとしても、ちゃんと悩んで考えて決めたなら正しい。後半で武田華さん演じる紬が「痛いなあ、苦しいなあ」とひとり吐露する言葉は、きっと何度も何度も何度も、何度も何度も何度も何度も何度も、あらゆる人があらゆる場面で繰り返してきた問いかけで。できれば見たくないし向き合いたくない部分だけど、ちゃんとそれを超えたからこそ納得して時間を進められるんだと思います。向き合わなきゃ時間が進められないってわけではなく、少なくとも自分の中で折り合いをつけるのであれば、何かしら答えを出したうえで次に行かないと私は永遠に(流行りの言葉だからではなく文字通りの意味で)引きずる性質なのでそうありたいです。

 

「別れよっか。」

「ごめん、私芝居続けたい。」

文字数は少ないけど、ふたりの在り方がこのやりとりに集約されているなと感じました。

 

sate sate 

役者としての目線で見るのであれば、どうしても中谷さん演じている朝日さんのシーンがやはりぐっとせつなくなってしまいます。チケットの価格や会場のキャパや制限の話など、演劇の規模問わず大きく影響を受けていたことを思い出すと言葉にならないし苦しい。いち役者というだけでなく、劇団の主宰という役どころだからこそより覇気を感じてしまいます。誰も悪くないのに決めなきゃいけない・責任を負わなきゃいけない。いったいどれだけの人たちが苦渋の選択を迫られて、選択し、選択しなかったほうの答えに思いを馳せたんだろうと考えずにはいられません。今の生活にもう2度と戻らないって決別した人もたくさんいるわけだし。少なくとも朝日さんは、風太のお店がなくなったことでこれまでどおりではいられないわけだし。ご自身もいっぱいいっぱいの状況でも人にあたることもできず、紬さんにも微笑んでいられるのがすごくかっこいいなかただと思いました。

それに対して、明るく賑やかな純子さんがいちばん不安定な精神状態になるのも妙に現実味があると思いました。やりたいことを一途に全力で打ち込んでいる人ほど、実はすごくすごく細い糸の上を歩いていて、そのよりどころがなくなるとこんなにもパニックになるのか!と。それが悪いって言いたいんじゃなくて、イヤ実際怖いんだと思うんです。私はそれなりに健康体なのでそこまで大いに恐怖を感じていたわけではなく、なんならのうのうと生活をしていたほうだと自負していますが、それは身近に「すぐにでも命を脅かされるかもしれない人」がいない環境だったのも一因だと思ってます。血のつながりや年齢性別問わず大事な存在が身近にいたら自分だけでなくその人たちの生命も守らなきゃいけないんだから、恐怖心も一層強くなるのは当たり前。でもあの…公演をやるって言われたときの「結局お金ですか?!」って朝日さんにキレてるのはすごく嫌でした。お金…大事だよ…マイナス分は直接請求として降りかかるのだ…そこは感情云々じゃ正解を決められないのだ…と思ってしまいました。言ってることはとてもわかるんだけど、何かを動かすにはお金が必要なわけで、純子さんがこれを言えるのは負担してないからだと思うので、少しげんなりしちゃいました。げんなりさせる熱意と迫真のお芝居、本当に素敵でした。頭がごちゃごちゃになりました。正解も不正解も誰も決めてくれなくて、どちらを選んでも責められるっていうのはしんどい。でも純子さんの立ち位置からそれを言っているってのもやっぱりしんどい。しんどかったです。

山中さん演じる風太に関して、はじめて聞いたときに衝撃を受けたのが「俺は!働きたいんだよ!」の台詞。アルバイトしてまたお店を始めればいいと言った紬への言葉なのですが、夢に対するそれぞれの価値観や向き合い方、その先にあるものまでが如実にあらわれた台詞じゃないかと思ったのですよ。風太にとっての夢は生活であり目標であり、それがなくなったら生活が破綻するものだけれど、紬にとっての夢ややりたいことって、お芝居って、ぶっちゃけなくても生活できるんですよね(これはあくまでも資本的な観点であって、精神的なものとはまた違う意味合いの話です)。そういう目線で見ると、紬ってめちゃくちゃふわっふわしてる。それでご飯食べれるプロになるの?稽古って仕事じゃないじゃん?と紬にぶつける風太は、あの場面上はどうしても八つ当たりしてる印象を強く受けちゃうけど、何も間違ったこと言ってないし至極真っ当。ここまでのことをひっくるめて、まさしく働くおとなだなあ、というのが私の風太に対する感想です。でもなんか、うん、すごくこう、言われれば言われるほど胸が痛いと言うか耳が痛いというか、自分の在り方について現実を突きつけられ続けるシーンでしかないので、耳を塞ぎたくなりました(´・ω・`)

紬さんに関してはもう見たままというか、武田華さんの目力や存在感の強さがものを言うというか、めちゃくちゃふわっふわしてるとさっき書いたばかりですが芯はあって、自分の信じたことややりたいことにまっすぐぶつかれる人だと思うので、何かあったときに強いのはこういう人なんだろうなあとふんわり感じました。それがきっかけで誰かを無意識に傷つけることもあるし、もちろん自分自身も傷つくかもしれないけど、同じような場所を目指す人とは一緒になってあの時期を乗り越えたのかもしれないなあ。いろんなものを少しずつもとにもどそうとする動きが強くなってきた今日この頃、どこかでお芝居してるのかしら。それとも違う道を見つけたのかしら。お芝居に限らず、やりたいことをやろうと続けた人のエンディングのひとつとして、あの華々しさが在ってくれて少し安堵しました。

ちなみさん演じる多恵さんは、これからも多恵さんのままでいてほしいと願うばかり。自分の好きなものを心から楽しそうに話してくれる姿には元気をもらえます。すごく頑張って生きてるからこそ自分の愛するものや楽しいものを大切にできるし、より輝いて見えるものだと思うのですよ。頑張ったあとのお酒って言葉にならないくらいの美味しさがあるじゃないですか。染み渡る感じ。あれです。似たような感じで生きてるお友達がいるんですが、その子を見てると自分まで元気になるんですね。自分の幸せや楽しむ姿で周りまで同じ気持ちにできるのって…いいな…すごく魅力的だな…!

あとあと 風太シェイクスピアの読み合わせをするシーンがすっごく大好きで!あのときは作業を止めて普通に聞いていました。緩急って本当にだいじ…!純子さんの「もう台本見てない!」っていうツッコミも好きです。幸せってこういうことだわとケラケラしていたのに…(´・ω・`)

 

いつも以上に自分の話ばかりを 長々と とりとめのなく書きましたが

真っ只中のときと今、両方で観ることができてよかったなと、それぞれ違う役者さんで演じたものを観れてよかったなと思います。誰にも優しくないけど誰にでも優しい、嘘みたいだけどありふれていた、なんでもない日常が物語になったできごとをまた思い返すことができてよかった。これからも何度も、きっかけは違うかもだけど自分に問いかけるであろう質問を、観客として観られてよかった。楽しくないけど楽しかったです。自分の「なんとなく好き」を大事にできるように、人の「なんとなく好き」を傷つけることのないように生きたいです。

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ちなみに、私の「何となく好き」は書くことかな〜と思いました。文字を書いたり文章を書いたり絵を描いたり、少し頭に余裕が生まれたらついついやっちゃうなあ。そういうものって続ける続けないとかじゃないもんなあ。とふと思い付きました。

 

改めて

ご来場頂きました皆様、ありがとうございました。

そして キャストの皆様 スタッフの皆様 、本当にお疲れ様でした。今このときだからこそ本当の意味で楽しめる作品に携わることができて、良い時間を過ごさせていただきました。季節の変わり目ですが、どうか皆様すこやかに元気に過ごせていますように。